木枯し紋次郎


木枯らし紋次郎、上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれ、十才の時に国を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。天涯孤独な紋次郎がどういう経路で無宿渡世の世界に入ったかは、定かでない。
(K1200RS) XR250BAJA (MONSTER1200S) CB1100RS FE

2013年5月6日月曜日

東北ツーリング2013GW ⑤

5/5(月)ツーリング5日目は太平洋フェリー「いしかり」で8時頃目覚める。
本船は定刻より約1時間早く到着。
もたもたしていたら最後に近い下船となった。

この航路で名古屋港に着くのは10年前の北海道苫小牧からの復路以来。
あの時は自宅に着く前にKのインテグラルブレーキが故障し怖い思いをした。





1時間弱で自宅に到着。
さっそくパニア、トップケースを外し、洗車。

全走行距離約1700キロ。
フェリーを使用しなかったら2500キロ程度のツーリングになっていた。
青森までいくと大体こんな距離となる。

今回も3ボックス+防水バッグと
100キログラム以上の重量となってしまった。

次回はなんとか3ボックスでおさまるよう
コンパクト収納を心がけたい。
今回間に合わなかったDUNLOPの小型収納テントほか
最小限の道具でキャンプにのぞみたいものだ。


今回のツーリングルート 仙台港から太平洋フェリー
初日に一気に青森まで1000キロ以上走ったのは自己最高記録。
2011年GW5月5日(月山) 55555キロから17000キロ走ったことになる。

2013年5月5日日曜日

東北ツーリング2013GW ④

5/5(日)は6時頃、松島北部の「長松園森林公園町民の森」にあるキャンプ場で目覚める。

松島の浜焼き(海鮮BBQ)を楽しみにして
朝食をとることもなく撤収。

日本三景である松島は
芭蕉の句にも登場する名勝ではあるが
宮島、天橋立と同様に
特別感動を覚えるものではない。
松島や、ああ松島や
浜焼きは磯崎漁港地区にある海鮮物販売店にあった。
ウニ、ツブ貝、サザエを注文したらホタテをサービスしてくれた。
杉原功商店





松島観光をすることもなく、仙台港フェリーターミナルを目指す。

フェリーターミナル近くにはジャスコがあり
そこでお土産を購入。
一之蔵酒造の清酒x3、くるみゆべし他お菓子少々。

フェリーターミナルのバイク待機場にはすでに5台ほどのバイクがいた。
チェックインをすませ待機。
自分の後ろにはNC700Xのライダーがいた。
西宮在住のNC氏とFB友達となる。

12時前に乗船をすませ、速攻で一風呂浴びる。
缶ビールを呑んでいい気分で夕方までベッドでまどろむ。
今回もいつも同様B寝台であるが、本船「いしかり」は
就航1周年ということで新しく、スピードは20ノットとかなり早い。
いしかり B寝台
ディナーバイキング ビフテキうまうま



エンジンの振動も少なく、名古屋港まで快適な旅となった。
東北道を走っていれば途中44キロ他、激渋滞に遭遇していた。

待機場で知り合ったNC氏とともに夕食を済ませ
11頃就寝。



画面中央左側の白い点が福島第一原発


GoogleMapのフェリーの航路より陸に近い位置を航行していた。
この距離約10キロ。避難区域の基準と比べてどうなんだろうか?







2013年5月4日土曜日

東北ツーリング2013GW ③

5/4(土)ツーリング2日目は宮古「山田旅館別館」で目覚める。
8時には宿を後にしR45をのんびり南下。

前日同様に「過去の津波浸水区間ここまで」という標識が連続する。
これが峠の高い位置まで上がってくる。

Wikiによれば津波被害の高さは
岩手県から宮城県牡鹿半島までの三陸海岸で10-15m前後
仙台湾岸の高いところで8-9m前後
陸前高田市、南三陸町、宮古市などでは建物の4、5階まで浸水
津波の溯上高(斜面を駆け上がった高さ)は、三陸海岸では30m以上
津波の遡上高は岩手県大船渡市の綾里湾において40.1mにまで達した
宮城県女川町の笠貝島では溯上高が43mに達していた可能性がある
宮古市田老地区の小堀内漁港近くで37.9m
岩手県野田村で37.8m
宮城県女川町で34.7m
大船渡市三陸町綾里で30.1mの遡上高が確認
福島県の警戒区域内での津波は、最大で21.1m(富岡町小浜)に達していた
テレビのニュースで4階建ての建物に屋上に貨物船が乗っかっていたことがうなずける。

釜石、大船渡、陸前高田とすすむにつれ
整地されたエリアが広がって行く。

奇跡の一本杉


さらに気仙沼、石巻と進み
15時近くになっていた。
一旦R45の脇にバイクを止め
スマホで近隣のキャンプ場を検索。
松島北部の「長松園森林公園町民の森」にあるキャンプ場に決める。
本来であれば、この時点で食料等の買い出しをすべきところであるが
空腹を満たす最低限の食料は持参していたのでキャンプ場へ直行する。





キャンプ場の利用率は50%にも満たない感じであったが
受付のおじさんは、てんてこ舞いのもよう。
普段よほど人気がないのだろう。
基本、乗り入れ不可だが数台のバイカーはテントの脇まで乗り入れていた。
利用料金500円。
ゴミ持ち帰り、直火禁止、水場あり。
今回は小型のテント(Woodsの古いタイプ)とSnowpeakのポンタシールド。

歩いて5分のところに銭湯あり。

夕食は往路の東北道SAで買った牛タンの缶詰と家から持ち出したレトルトカレー。
最低限ビールを買うべきだったと後悔するも
お隣りさんのバイカーが譲ってくれた。(青森で買った清酒とトレード)
お隣りさんは多摩ナンバーのST250の若者。

今回SOTOの新製品であるウィンドマスターというストーブを使用。
風に強いが首が長いため大きめの鍋を使用すると不安定となる。

12時頃まで寝返りをうちつつ就寝。



SOD-310 ウィンドマスター
炎が美しい



2013年5月3日金曜日

東北ツーリング2013GW ②

5/3(金)ツーリング2日目は青森黒石温泉郷「青荷温泉」で目覚める。
10時間近く寝たようだ。
6時30分頃、すでにM師は朝風呂で布団にはいなかった。

外湯に浸かり朝食をとった後、露天風呂にも浸かる。お湯は特筆するまでもない。

身仕度を済ませ、いざ出発となり例の坂を眺める。数人の宿泊客が坂を登って行く。もしも対向車が現れたら、その時は運と自分の技量で何とかするしかない。結局無事R102まで到達。

前日夜、この坂を下った際、絶壁に思えた
相当疲弊していた















R102を西に向かい弘前公園を目指す。
今年の弘前の桜は開花が遅いというより綺麗ではなかった。一旦咲きかけて寒の戻りとなったことに起因してるのかもしれない。11時過ぎにM氏とわかれる。氏はその後、松本経由で翌午前2時に帰宅した模様。
弘前市役所駐輪場は無料

黒石ICより青森方面に向かいそのまま八甲田山北側を迂回し三沢へ。
弘前航空科学館



十和田湖から引き上げられた双発練習機
小川原湖周辺


事前に調べてあった小川原湖キャンプ場には14時ごろ到着しそうだったので、そのまま小川原湖畔東岸を北上。太平洋側のR338を南下。

八戸を経てR45をさらに南下。
久慈の手前あたりから
「過去の津波浸水区間ここまで」という標識が海岸付近や峠で目立ちだした。
津波の被害は八戸南部から茨城までおよぶという。。。

久慈、宮古はNHK朝ドラ「あまちゃん」のロケ地であり
にわかに観光客が押し寄せている模様。
久慈、小袖海岸は週末、休日はマイカー規制がひかれており
リアス線には鉄っちゃんがカメラをかまえていた。

山間部は交通量も少なく快走路が続く。
気持ちよく走り続けていたらJR宮古駅に到着したのが20時。
さぁ宿はどぉしましょう?ってんで駅周辺のビスネスホテルを数件
空室ないかフロントを訪ねたが、どこも満室。うれしい悲鳴という感じだった。
駅前にもどり、今度は携帯から片っ端からビジネスホテル、旅館に空室確認の連絡を入れる。
1件、空室あり。山田旅館別館。
駅から近くすぐにわかった。
女将とその娘さんが出迎えてくれた。とても親切そうな方々。
トップケースのみ部屋に持ち込み着替えて近所の居酒屋へ。



居酒屋は地元の人で賑わっていた。
突如「じぇじぇっ」というあまちゃんお約束の言葉が聞こえた。
生ウニ、中トロをオーダーし、〆はオリジナルラーメン。
ツユがうどん、蕎麦と共通っぽかったがまぁまぁ美味しかった。
宿に戻り風呂につかり5/5仙台発フェリーをスマホで予約して就寝。この晩もよく眠れた。

2013年5月2日木曜日

東北ツーリング2013GW ①

今年のGWも東北に向かうことになった。この3年で5度目の東北。

5/2(木)有給をとり午前3時起き、4時に自宅を出発。
前日は弟がPCをメンテナンスしてほしいと訪ねて来ており
3時間しか寝ていない。4時前に東名に乗りたかったができなかった。
東京IC付近で数キロの渋滞をすりぬけ
首都高大橋JCより中央環状線、川口線を経由し東北自動車道へ。
途中数回給油とトイレ休憩をし、青森黒石ICには17時過ぎに通過。
ここまで約1000キロ。
右方向からの突風と小雨ながら断続的な雨、寒さは
昨年とは違う季節に来たような錯覚を覚えつつ北上を続けた。
仙台を過ぎたあたりから交通量は激減し、バイクは皆無だった。

M師と合流を約束した
ランプの宿「青荷温泉」に向かう。
途中、コンビニで道草をくいつつ
黒石ICよりR102を東へ12キロほど進んだ後
山岳路(悪路)を約6キロ進む。
宿の直前約1.2キロは未舗装路であり
雨と寒さと暗さに加え、疲労も重なり極限状態での走行となった。
あと15分遅かったら暗さで無事たどりつけなかったかもしれない。

宿の駐車場は当然未舗装のためサイドスタンドをかける場所を探すのに10分くらい要し
さらに、宿まで歩いて急坂を下り駐車スペースを確認した後
再度、駐車場まで駆け上がりバイクを宿の前まで移動した。
疲労で下り坂が絶壁に感じ、翌朝同じ坂を登りきる自信はなかった。

宿の玄関にあがるとすでに夕食が始まっており
18時をゆうに過ぎていることがわかった。
M師は夕食を待ってくれていた。やはり早く到着していたようだ。

まずは内湯につかり疲れを癒し
夕食でビールを呑みすでに電池切れのため20時30分頃にはダウン。
M師のおかげで内側までずぶ濡れだった防寒グローブも十分乾かす事ができた。

寝付くまで宿のすぐ前の急坂を無事登りきることができるか不安があったが
M師の「明日考えれば良い」のひとことで考える事をやめた。

夜中1時過ぎに目が覚め、もう一度内湯に浸かる。
今回のツーリングでもっともハードな一日をなった。

※ランプの宿というだけあって、部屋にコンセントがなく、ランプの明かりは暗く地図を読む事もできない。携帯は当然通じない。通常ロングツーリングの初日の宿で2日目以降のコースをだいたい決めるものだが、今回はそれができず、2日目以降がほとんど出たとこ勝負になってしまった。
この宿、電気が来てない訳ではなくウォシュレットがあることに違和感を感じた。