木枯し紋次郎


木枯らし紋次郎、上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれ、十才の時に国を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。天涯孤独な紋次郎がどういう経路で無宿渡世の世界に入ったかは、定かでない。
K1200RS XR250BAJA MONSTER1200S

2015年8月15日土曜日

北海道ツーリング2015夏③

8月15日
携帯の目覚ましで4時起床。
オーナーはすでに起きて、オニギリを用意していてくれた。
軍手とデイバッグを借用して、宿を後にする。
利尻山は、厚い雲に覆われていた。

登山口の近くである北麓野営場にバイクを停め、登山者登録を済ませようとするが
係りの人はおらず、登山者名簿もない。
ほとんどの登山者は、宿ですでに名簿を記載し箱に入れるだけ。

眉倶楽部に連絡するも、下山してからで良いとの意味不明な回答だった。
まっいいかってことで。。。

北麓野営場から3合目登山口には「甘露泉水」なる湧き水がある。
ここでペットボトル2本に水を貯める。
事前にネットで読んでいた通り、500ccのボトルx4本をデイバッグに入れている。
※もう1本用意しておくべきだった。
甘露泉水
5合目辺りから街が一瞬見えた。
7合目までは、しんどいながらもなんとか辿り着いた。徐々にペースが遅くなり、後続者を先に行かすことが増えてきた。
8合目に辿り着く前に、稚内からのフェリーで一緒になった駒ヶ根のYMZ氏とすれ違う。彼は自分より早く入山したとのこと。登山には慣れている模様。

8合目では、もうふくらはぎの筋肉が張り出し、休憩のサイクルがさらに早くなっていた。だましだまし9合目に辿り着く。
8合目からは岩場。スニーカーには辛い。
右手片手のストックは足の筋肉にアンバランスな負荷を与え、左足のふくらはぎに加え、太ももまで張ってきた。

そしてこの看板。
「ここからが正念場」
俺にとって本当に正念場だった。
9合目からは砂利が混じり、急勾配。

這いつくばって、意識朦朧でなんとか頂上に到着。そこは20名くらいがやっと腰を下ろせる広さ。8合目から頂上までは約2時間を要した。



頂上より上空は晴れていたが、やっぱり下界は厚い雲に覆われておりオロロンの海岸線やサロベツ原野を見下ろす景色を期待したが、見えなかった。
登りは約6時間。30分ほど休憩して下山する。

山頂にて 携帯の待ち受け画像となる

飛行機の窓からの景色のよう




詳細は割愛するが、足の筋肉の張りはますます酷くなり。
片側ストックのためか左足はとても踏ん張れる状態になく、下山に約5時間を要した。
6年前の屋久島の時とは大きな違いだ。
運動不足を思い知った。


下山後、一旦宿に戻り、食事までの2時間弱で周回することにした。
すでに日没まで1時間以内となっており、のんびりはできない。
宿のオーナーおススメの島の西側の天然温泉のお湯に浸かってから夕日を見ようとしたがコインランドリーのあるキャンプ場近くの温泉に立ち寄り、時計回りで周回を始める。
名勝の沼がいくつかあるようだが、まずは走る。島の南側より利尻山を見上げればナント美しい。山は下から眺めるがいい。

カヴァレリア・ルスティカーナを聴きながら夕日を眺めようと待ちかまえたが、あいにくの曇天のため夕日は拝めなかった。

コインランドリーに再度立ち寄り、宿に戻ったのは7時30分を超えていた。
宿のテーブルには東大のワンゲル御一行様が6名おり、夕食を共にした。

この日も爆睡であったことは言うまでもない。


このブログを書きながら、漢字にパワーを感じた。
辿りつく」「う」





















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