木枯し紋次郎


木枯らし紋次郎、上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれ、十才の時に国を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。天涯孤独な紋次郎がどういう経路で無宿渡世の世界に入ったかは、定かでない。
(K1200RS) XR250BAJA (MONSTER1200S) CB1100RS FE

2014年3月28日金曜日

2014 motoGP Round1 QATAR

ひょんなことからmotoGPカタール戦を観戦することとなった。

セントレア中部国際空港を3/22 21:15の
ETIHAD(エティハド)航空
北京経由(降りずに機内待機)アブダビでトランジット
ドーハ空港まで片道約18時間をかけて3/22 15:00頃(現地時間)
予定より遅れてカタールに入国。
先般のアメリカと比較すればセキュリティは厳しくないが
窓口が少なく出国・入国で時間がかかる。

取引先担当者の送迎でホテル到着は16時となりミーティングを終えて
LOSAI INTERNATIONAL CIRCUIT
(ロサイル・インターナショナル・サーキット)へ。

まず、今年からスタートしたSAATC
(Shell Advance Asia Talent Cup
/シェルアドバンス アジア タレント カップ)のピットを視察。

全22チーム中、日本人ライダーは8名。次にマレーシア7名と続く。
NSF250R+Akarapovicとスペックはイーブン。
ヨーロッパの将来motoGPやSuperBikeのライダーを養成する登竜門となる。
サーキットの向こうはペルシャ湾
携帯のローミングが弱い
観戦客は少なく、ほとんどがレース関係者
食事はまずい
夜になると気温は一気に下がり、上着は必須。昼間は30度近くまであがるが汗ばむことはない。
風が吹くと細かいすながまい、のど飴がありがたい。
タクシーは安いがガソリン(1リアル/リットル)、レンタカーも安い。らしい。

 SAATC Round#1は日本人ライダーが表彰台を独占し
















motoGPはロッシとマルケスの一騎打ちとなりマルケスが制した。
チェッカーフラッグまでの残り3周は見物であった。





2014年3月2日日曜日

西海岸出張


米国出張は10年以上ぶり。
9.11が2001年だから、それ以前となると12年は経過している。
久しぶりの友人とも再開できた。

セレブの高級別荘があるMALIBUを越え
NEPTUNE NET RESTAURANT。

週末にはセレブなバイカーが多く集まるそうだ。次回はレンタルバイクで来たい。



最高に美味い







2013年12月24日火曜日

零戦52型甲

「永遠の0」を観た後、現物の零戦を見たくなって
航空自衛隊浜松広報官エアーパークにカミさんと遊びに行った。

航空自衛隊浜松広報館エアーパーク

なんと入場無料。
受付時に、全天周シアターでの「四季の大空」をすすめられ30分後に観た。
プラネタリウムのようなスクリーンに動画が映し出され
映写機の真後ろ中央で観た事もあるが臨場感はなかなかだった。

目当ての零戦は展示格納庫の天井からつるされ、
下から見上げるとまるで飛んでいるかのうようにも見えた。
背面(下部)は銀色にペイントされ美しかった。

【HPより転記】

零式艦上戦闘機『五十二型』43-188号機[旧三菱]

三菱名古屋工場製造(昭和19年3月)
  • 1963年グアム島で発見
  • 1964年米軍C-130輸送機で空輸(グアム→岐阜基地→三菱・大江工場)以後全国各地で展示
  • 1967年~浜松基地にて保管
  • 1999年~浜松広報館にて展示

 







見学を終えて、浜松市内の餃子専門店 福みつへ。
キャペツがたっぷり入ってさっぱりした餃子だった。

餃子定食(小)880円 餃子x10個

2013年12月23日月曜日

永遠の0

今年最後の映画は「永遠の0」
原作は20ページほどで挫折。(なんとなくあらすじが読めたような気がした)

公開2日目ということもあり市内にあるシネコンはそこそこ入っていた。

戦闘シーンはVFXを感じさせない完成度の高いものだった。

坂井三郎氏のパクリだの、宮崎駿の戦争美化批判、右傾化批判あれど

相変わらず、涙腺が緩みっぱなし。

過去の是非はともかく、歴史は不可逆的に連続しており、過去があって今がある。







ヤマハ発動機さんは、戦中に戦闘機のプロペラとエンジンを生産していたとか


















今年はめずらしく邦画をよく観た。
「風立ちぬ」「清須会議」「かぐや姫」「永遠の0」